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鹿児島地方裁判所 昭和61年(ワ)118号 判決 1988年6月27日

原告

山口宗治

右訴訟代理人弁護士

井之脇寿一

増田秀雄

中原海雄

小堀清直

増田博

矢野競

亀田徳一郎

石井将

被告

竪山明

新野尾文雄

右被告ら訴訟代理人弁護士

村田利雄

杉田邦彦

有岡利夫

主文

一  被告らは原告に対し、各自金一〇万円及びこれに対する被告竪山明は昭和六一年三月一四日から、被告新野尾文雄は同年二月二五日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、原告の勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金五〇万円及びこれに対する被告竪山明は昭和六一年三月一四日から、被告新野尾文雄は同年二月二五日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決及び仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  当事者

原告及び被告らは、昭和六〇年七月当時いずれも日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)の職員であり、原告は国鉄九州総局鹿児島自動車営業所(以下「鹿児島営業所」という。)の運輸管理係、被告竪山は同営業所所長、被告新野尾は同営業所助役であった。また原告は国鉄労働組合(以下「国労」という。)の門司地方本部中央支部自動車分会鹿児島地区協議会議長であった。

2  被告らの不法行為

(一) 被告らは、共同して、昭和六〇年(以下、特に断らない限り昭和六〇年である。)七月の二三日、二四日、八月の五日、六日、一六日、一七日、二二日、二三日、二九日及び三〇日の一〇日間にわたり、何ら合理的理由なしに、原告をその本来の業務である運輸管理業務から外し、鹿児島営業所構内に降り積った火山灰を除去する作業(以下「降灰除去作業」という。)を命じ(以下、運輸管理業務から外して降灰除去作業を命じたことを「本件業務命令」という。)、これを行わせた。

(二) 原告が行わされた降灰除去作業は、まず二、三平方メートルの範囲ごとに火山灰を箒で集め、ついで、それが飛び散らないうちにスコップ、塵取ですくってビニール袋に入れることを繰り返すものであり、作業中には火山灰が舞い上り、一時間と継続して行うことのできない困難な作業である。また原告が降灰除去を命じられた営業所構内の面積は一二〇〇平方メートルを超える広さであって命じられた作業時間は午前八時四五分から午後五時までの長時間に及び、途中正午から四五分間の休憩をはさむのみで、他に休憩を取ることも許されないものであった。そして、七月、八月という暑さの中で、原告は前記のとおり一〇日間にわたり一人で右のような苛酷な作業を行わされたのであるが、加えて、右作業中被告らは原告を見張ってその監視下におき、ある時はハンドマイクを携帯して、原告の耳許で怠けるな、もっと早くやれと怒鳴るなどの行為にも及び、みかねた原告の同僚が原告に清涼飲料水を渡そうとして被告竪山から叱責されるなどのこともあった。

(三) ところで、被告らが原告に対し本件業務命令を発するに至った理由は、七月二三日国労の組合員バッチ(一センチ四方)を着用したまま点呼執行業務を行おうとした原告に対し、被告竪山が右バッチを外すように命じ(以下「離脱命令」という。)たのに、原告が従わなかったことにあり、その後も前記の各点呼執行業務が予定された日に原告が組合員バッチを着用したままであったことによるものである。

(四) ところで、使用者が労働者に対して種々の業務命令を発するのは労働契約にその根拠を有し、それ故、使用者が発することのできる業務命令は労働契約に定められた範囲のものに限られるものであるところ、原告の労働契約上の業務は運輸管理業務であり、降灰除去作業は労働契約上原告の業務ではない。それ故、被告らの業務命令は何ら根拠のない違法なものであることは明らかである。

また、被告らが本件業務命令を発したのは右(三)に記載のとおり、原告が組合員バッチの離脱命令に従わなかったことによるのであるが、組合員バッチは国労の組合員が日常着用しているものであって、その着用が原告はじめ職員の業務の遂行に何らかの支障を及ぼすようなものではないのであって、国労バッチは昭和四一年に制定されて以来同四四年から四六年にかけての時期にその着用の是非が労使間で問題とされたことはあったが、その後は問題とされることはなく、ましてその着用が禁止されたり、着用者に対して離脱命令が発せられたりしたこともなかったのである。組合員バッチは労働組合の団結権の象徴であって、その着用に対する離脱命令は右団結権に対する不当な介入であり、原告は組合員として、また組合幹部としての立場上からも右離脱命令に従わなかったのは当然である。

(五) 以上のとおり、被告らの本件業務命令はそれ自体としても労働契約に根拠をもたない違法なものであるが、その内容もまた前記(二)のとおりの苛酷な降灰除去作業であり、同作業は憲法一八条の禁ずる「苦役」であって、また本件業務命令が発せられた理由とされる離脱命令も何ら合理的なものではないのである。

仮に、本件離脱命令が合理的根拠を有するとしても、原告はそれに従わなかったことについて点呼執行業務を外されたほか懲戒処分をうけているのであり、また、原告を点呼執行業務から外しても、原告は他に運輸管理係としてなすべき業務があるのであるから、ことさら降灰除去作業を命じる必要もないのである。それにもかかわらず被告らが原告に降灰除去作業を命じたのは、離脱命令に従わない原告に対して懲罰的な報復を加えて、他の組合員に対するみせしめとするためであると言うべきである。

したがって、被告らの本件業務命令が不法行為を形成することは明らかである。

3  損害

被告らの本件不法行為により原告のうけた精神的苦痛について被告らが賠償すべき金額は五〇万円をもって相当とする。

4  結論

よって、原告は被告らに対し、各自五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である被告竪山は昭和六一年三月一四日から、被告新野尾は同年二月二五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告らの答弁と主張

(答弁)

1 請求原因1のうち、原告が当時国労門司地方本部中央支部自動車分会鹿児島地区協議会議長であったことは知らないが、その余の事実は認める。

2 同2のうち、

(一)については、被告竪山が原告に降灰除去作業をさせたことは認めるが、昭和六〇年八月二二日は否認する。

(二)については、原告がどのようにして降灰除去作業を行ったかは知らない。原告の作業中見張りを付けたこと、ハンドマイクで怒鳴ったこと、休憩をとることを許さなかったことは否認する。

降灰除去作業の具体的方法については原告の自由意思に任せていたのであって、被告らが原告の作業状況をみたのは、被告竪山が八月六日の午後構内巡視の際に一度、被告新野尾が七月二三日午後二時ころに一度の二回のみであり、被告新野尾がみたとき原告は営業所通用門の階段にだらしなく腰掛けていたので、同被告は原告に対し、「だらしない格好をしていたら部外の人に見苦しいですよ。」と注意した程度である。原告はなかなか仕事にかかろうとせず、作業態度は緩慢であり、苦役などと主張することは失当である。

(三)の事実は認める(但し、そのとき問題となったバッチは夏季用のもので縦約二六ミリメートル、横約二八ミリメートルの大きさのものであった。)。

(四)及び(五)のうち、降灰除去作業が原告の業務でないとの主張は否認し、その余の事実は知らない。本件離脱命令及び業務命令には合理的根拠がないとの主張は争う。

3 同3の事実は否認する。

(主張)

本件業務命令の正当性について

1 降灰除去作業の必要性

使用者が労働者に対して職場環境整備のための業務を命じうることは当然であり、降灰除去作業は鹿児島地方独特のものであって、営業所構内の降灰を放置しておくと、部品解体中部品に灰が付着してバスの整備に弊害が生じ、また、バスの冷房コンデンサーに灰が付着すると冷房効果が低下し乗客に快適な輸送サービスを提供することにも支障が生ずる。加えて晴天の日には風やバスの移動により構内の灰が飛散して周辺住民から苦情がくるばかりでなく、職員の健康管理の面でも問題が生じるものである。以上のとおり降灰除去作業は業務上必要な作業であって、労働契約と無縁のものではない。

2 本件業務命令に至る経緯

(一) 国鉄は、昭和三九年以来毎年赤字額が累積し、経営状態が危機的状況に陥ったため、日本国有鉄道経営再建促進特別措置法が制定され、昭和六〇年度までに組織の全力を挙げて経営の健全性を確保するための基盤を確立することが義務づけられていた。一方同五七年以降国鉄の職場におけるヤミ手当、ヤミ休暇など職場規律の乱れが報道機関等に指摘されて運輸大臣から職場規律の総点検が指示されるに至り、総点検の結果、職場規律の乱れが全国的に広範囲に存在することが明らかとなったため、国鉄にとって職場規律の確立もまた重要な課題となった。中でも鹿児島営業所は全国でも有数の規律の乱れた職務であることが指摘されたため、同営業所はその上部機関である九州地方自動車部(以下「自動車部」という。)と一体となって職場規律の確立に取組むこととなり、同六〇年一月二二日の営業所長会議において、自動車部長は各営業所長に対し、職場規律を確立するために先ず勤務時間中の赤腕章及びワッペン等の着用など服装の乱れを是正することを指示し、同年七月一日には氏名札を着用するよう全職員に指示した。そして、被告竪山に対しては、鹿児島営業所の実態を自動車部に報告したうえ、その指導のもとに職場規律の是正に取り組むよう特に指示がなされたものである。

(二) 右指示に従い、被告らは営業所職員に対し、先ず勤務時間中にワッペン、赤腕章及び右氏名札と着用場所の競合する組合員バッチを着用しないように注意指導を強めてきたところ、原告はこれに従わないばかりか、点呼妨害、業務妨害などの行為をも行い、上着着用省略となった六月からは縦二六ミリメートル、横二八ミリメートルの夏用の組合員バッチを着用するようになったため、被告らは自動車部長や同部総務課長らに報告し、再三原告にバッチをはずすように求め、はずさないと点呼執行業務から外すことを警告したが原告はその態度を改めなかった。そこで七月一〇日総務課長から被告竪山に対し、原告にもう一度通告し、なお従わない場合は点呼執行業務から外し、環境整備等の雑務をさせるようにとの指示があったため、同被告は、右指示に基づいて七月一五日に原告に対し、次の点呼執行業務の予定である同月二三日までに組合員バッチを外すように注意し、これに従わない場合は点呼執行業務から外す旨警告した。ところが原告は右七月二三日の点呼の際バッチを付けたままで離脱命令に従わなかったので本件業務命令を発するに至ったものである。

(三) 以上のとおり、当時国鉄がおかれていた状況、ことに職場規律の確立が内外で強く要請されていた時期であることに照らしても、被告らが職員に対して組合員バッチの離脱命令を発したこと、それに従わない原告に対して本件業務命令を発した経緯には合理的理由がある。ことに原告は補助運行管理者に指定されて点呼執行をする立場にあり、管理者に準ずる地位にあったものであるから、一般職員に比してより厳しい規律を求められてしかるべきであって、被告らの本件業務命令が不法行為にあたらないことは明らかである。

仮に、本件業務命令が合理的理由を欠くとしても、被告らは上部機関である自動車部から直接の指示を受けて本件業務命令を発したものであり、被告らがその責を負う筋合ではない。

第三  証拠関係<省略>

理由

一原告及び被告らが本件当時いずれも国鉄職員であり、被告竪山は鹿児島営業所所長、同新野尾は同営業所助役、原告は同営業所運輸管理係であったことは当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果によれば、当時原告は国労の組合員であり、国労門司地方本部中央支部自動車分会鹿児島地区協議会議長であったことが認められる。

二被告竪山が昭和六〇年七月の二三日、二四日、八月の五日、六日、一六日、一七日、二三日、二九日及び三〇日の九日間、原告を点呼執行業務から外し、鹿児島営業所構内の降灰除去作業を命じ、これを行わせたことは当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果によれば、八月二二日も右同様にして被告竪山が原告に降灰除去作業を行わせたことが認められ、右認定に反する被告竪山本人尋問の結果は採用しない。

また、<証拠>によると被告新野尾は、原告の降灰除去作業を督励するなどして被告竪山に同調していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。右認定の事実によると被告新野尾は被告竪山と共同して原告に本件降灰除去作業を行わせたものと認めるのが相当である。

三本件業務命令の違法性について

1 使用者が労働者に対し労働契約に基づき命じうる業務命令の内容は、労働契約上明記された本来的業務ばかりでなく、労働者の労務の提供が円滑かつ効率的に行われるために必要な付随的業務をも含むことは言うまでもない。しかしながら、そのような業務であっても、使用者はこれを無制限に労働者に命じうるものではなく、労働者の人格、権利を不当に侵害することのない合理的と認められる範囲のものでなければならないものというべきである。そして、その合理性の判断については、業務の内容、必要性の程度、それによって労働者が蒙る不利益の程度などとともに、その業務命令が発せられた目的、経緯なども総合的に考慮して決せられる必要があるものと解される。

そこで、先づ本件業務命令が発せられるに至った経緯及び命じられた降灰除去作業の状況について検討することとする。

2  被告竪山が原告に対し本件業務命令を発した理由は、被告堅山が七月二三日組合員バッチを着用したまま点呼執行業務を行おうとした原告に対し、離脱命令を発し、原告がこれに従わなかったからであって、それ以後の業務命令についても同様の経緯であったことは当事者間に争いがない。

3  次に、本件降灰除去作業の状況についてみると、降灰除去作業とは、桜島の噴火活動によって上空に吹き上げられ、東風にのり鹿児島市内に飛来して降り積った火山灰を除去する清掃作業であるが、火山灰は砂状の細い熔岩の砕片であって、これを除去するため、箒などで灰を一個所に掃き集めようとすると、灰が舞い上り、灰を浴びながら作業せざるを得ず、舞い上った灰が目に入り鼻孔から口腔内に吸引され、ときによっては目や鼻に炎症をおこすこともあるため、同作業はかなりの不快感と肉体的苦痛を伴うものであることは公知の事実である。

ところで、<証拠>によれば、前記一〇日間にわたる作業中、原告は最初の日は水で流す方法で灰を除去しようとしたところ、右方法は多量の灰を除去するには適切ではなく、スコップを使うように指示され、以後はスコップ、箒などを使って降灰を集め、集めた灰を袋に入れて運搬するということを繰り返す方法によって作業を行ったこと、作業中の服装については特別に作業に適した服装を配慮されることもなく、また、あらかじめ降灰除去作業を命じるとの通告もされなかったため、七月二三日と二四日は通常勤務する服装のままで作業を行わざるを得なかったこと、作業面積はおよそ一二〇〇平方メートルの広さであり作業時間はいずれの日も午前八時三五分から夕方五時までであって、途中昼休みとして正午から午後一時ころまで休憩を取る以外は特に休憩を許されたこともなかったこと、作業の最初の日には、田中助役がハンドマイクを肩に掛けて作業中の原告を見張ったほか、それ以後の各作業日についても原告は作業中被告らほか管理職の監視の下におかれ、原告の同僚が原告に清涼飲料水を渡そうとしたところ被告竪山から渡さなくてよいと叱責されるなどのこともあったこと等の事実が認められる。

もっとも、被告らは作業中原告を見張ったことはないと主張し、被告竪山は右主張にそう供述をするが、証人奥田義一の証言によれば、原告の降灰除去作業の状況は被告竪山から自動車部の奥田課長に報告されていることが認められ、また右証言及び被告ら各本人尋問の結果によれば、当時自動車部及び鹿児島営業所では離脱命令に従わない原告の動静は最も関心を持たれていた事柄であったと認められ、右各事実を勘案すると、被告らはじめ管理者が直接、間接に原告の作業状況を監視していたことが窺われ、右被告竪山本人尋問の結果はにわかに採用しえない。

4  以上の各事実に照らして本件業務命令が正当なものとして許される範囲にあったか否かについて検討する。

(一)  先ず、被告竪山が原告に対し、組合員バッチの離脱命令を発したことの当否について検討すると、組合員バッチはその着用者が組合員であることを表示するとともに、その着用によって着用者に組合に対する帰属意識を持たせ、ひいては組合の団結心を高める心理的作用を営むものと認められるところ、団結権を保障された労働組合にとって、組合員の団結心を高めて組織の維持強化をはかることは重要な意味を持つものであるから、使用者としてもみだりにその着用を禁止したり、着用者に対して離脱命令を発することは許されないと解されるが、一方、国鉄職員は国家公務員法の適用を受けないものの、公務員とみなされ(日本国有鉄道法三四条)、使用者たる国民に対してその勤務時間中は職務に専念すべき義務があり(同法三二条二項)、その肉体的、精神的活動を職務の遂行にのみ集中しなければならないものであるから、組合員バッチの着用が右職務専念義務に反するものである場合は、使用者としても、組合員に対して勤務中はバッチを外すべきことを命じうるものと解すべきである。

これを本件についてみると、<証拠>によれば、本件において原告が着用していた組合員バッチは、昭和五九年夏から使用され始めた縦約二六ミリメートル、横約二八ミリメートルの大きさのいわゆる夏季用国労バッチ(布製)であって、その表面は黒地に金色のレールマークをあしらい金色でNRUとローマ字が表示されているものであることが認められ、右認定に反する証人坂口静輝の証言はにわかに措信することができず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。ところで本件組合員バッチの右の形状に照らすと、右バッチは着用者が組合員であることを表示しているのみであって、他に何らかの具体的な主義主張を表示しているものではなく、その点において、具体的な主義主張を外部に表示するワッペンや人目を引き業務の円滑な遂行に支障をきたす虞れのある赤腕章などとは業務阻害性の程度を異にする着用物であると認められる。

しかし、<証拠>によれば、被告らが組合員バッチの着用を禁止し、離脱命令を発するに至ったのは次のような経緯によるものと認められる。即ち、本件当時国鉄は長年にわたる赤字額の累積により経営上の危機に瀕しており、その再建を迫られる一方、職務規律の乱れが内外から指摘されて、その是正が求められたため、それに応えるべく経営能率の向上、職場規律の健全化などを果すことが、企業としての将来を決する重要な課題となっていた。右のような国鉄全体が置かれていた危機的状況を受けて、鹿児島営業所の上級機関である自動車部は、傘下の各営業所に対し、職場規律の確立に力を入れるよう指示し、その中の一つとして、服装の乱れを是正すること、業務中のワッペン、赤腕章等の着用を禁止するとともに、氏名札の着用を指示した。中でも職場規律の乱れが全国でも最悪と指摘された鹿児島営業所所長であった被告竪山は、自動車部と打合わせて職場規律の確立に取り組むように特に指示されたため、被告新野尾をはじめとする管理職らとともに営業所職員に対して、勤務時間中のワッペン、赤腕章の着用を禁止するとともに前記氏名札と着用場所が競合するとして、組合員バッチの着用をも禁止し、着用者に対して離脱命令を発していたものである。

以上の本件当時国鉄が置かれていた状況、ことに労働者、使用者が一体となって経営の再建に取り組むべき状況にあったことを考えると、使用者が労働者に対して、これまで以上に職務に専念すべきことを要求することは当然許されることであるし、そのため従来は労使慣行として行われてきたことについても見直しをはかることにも合理的理由があり、前記のようにワッペンや赤腕章とは業務阻害性の程度が異なるものの、組合員バッチを着用して勤務することは勤務時間中の組合活動に外ならないから組合員バッチの着用を禁止する措置に出ることにも一応の合理性が認められるものと言うべきである。ことに、本件の場合、当時国鉄が経営の合理化のために打ち出す種々の施策に対して、原告の所属する国労が反対する方針をとり、そのため労使間は恒常的に対立した状況にあったことは公知の事実であり、前掲各証拠によれば、鹿児島営業所においても、ワッペン、赤腕章の着用などの斗争が行われ、被告らはじめ管理職と原告をはじめとする組合員とは対立した状況にあったことに照らせば、そのような状況のもとでの組合員バッチの着用は組合員であることを勤務時間中に積極的に誇示する意味と作用を有するものであって、労使間の対立を勤務時間中にも意識化して、職場規律を乱す虞れを生じさせるものであり、職務専念義務に違反するところがあると言わざるを得ない。

そうすると、結局、被告らが原告に対して組合員バッチの離脱命令を発したことには合理的理由があると言うべきである。

(二)  そこで、すすんで被告竪山が命じた本件降灰除去作業の当否について検討すると、火山灰はこれを放置しておくと被告ら主張のとおりの種々の弊害が生じて業務の遂行に障害が生じることについては原告もこれを争わないところである。そうすると、降灰除去作業は職場の環境を整備して、労務の提供の円滑化、効率化をはかるために必要なものであるから労働者にとって労務契約上の付随的業務であると認められ、これを否定する原告の主張は採用できない。

しかしながら降灰除去作業は、前記のとおり、それ自体かなりの肉体的苦痛を伴うものであるから、使用者が付随的業務としてこれを労働者に命ずるについては、その作業量、作業時間、作業人員、作業方法などを考慮して、作業がいたずらに苛酷なものにわたらないようにすべきであって、このような考慮を欠いて、何ら合理的理由もなしにいたずらに苛酷な作業を行わせたり、懲罰、報復等の不当な目的で行わせたりすれば、それは業務命令権行使の濫用として違法なものとなると言わなければならない。

これを本件についてみると、前記のとおり原告が行わされた降灰除去作業は広さ約一二〇〇平方メートルの構内を七月、八月という暑さの中、長時間にわたるものであって、しかも一〇日間にわたってそれを原告一人で行わされたのであり、その作業方法、服装などについても格別の配慮をされることもなかったばかりか、作業中被告らの監視下におかれていたことなどに照らすと、本件降灰除去作業は、原告にとってかなりの精神的肉体的苦痛を及ぼすものであったと認めることができる。そして、被告らが原告に対して右のような降灰除去作業を命じた理由、目的について検討すると、証人長沼満利、同坂口静輝の各証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は点呼執行業務を外されたにしても、その日は降灰除去作業以外に仕事がなかったものではなく、運輸管理係としての日常の業務があったことが認められるから、ことさら原告に対して降灰除去作業を命ずべき必然性はなかったと言うべきである。また右各証言に原告及び被告ら各本人尋問の結果によれば、これまで降灰除去作業は外部の業者に委託するか、あるいは職員がその必要に応じて数人で自主的に適当な時間これを行ったことはあるが、本件のように業務命令として一人の職員に一日中長時間にわたって行わせたという例はなかったと認められるのであって、これらの事実に被告らが作業中の原告を監視していたこと、原告に清涼飲料水を渡そうとした同僚が被告竪山にこれを止められたことなどの前記認定事実を合わせ考えると、本件降灰除去作業命令には、原告にそれを命ずる必然性もなかったうえ、組合員バッチの離脱命令に従わなかった原告に対して懲罰的に発せられたものと認めざるを得ない。

もっとも、被告らの原告に対する組合員バッチの離脱命令には前示のとおり合理的理由が認められ、それに従わなかった原告には職務専念義務に反する違法が認められるのであるが、その違法性の程度はさほど大きいものではなく、また、労働者の違法行為については他に労務契約上定められた懲戒の手段によるべきであって、本件のようにかなりの肉体的、精神的苦痛を伴う作業を懲罰的に行わせるというのは業務命令権行使の濫用であって、違法であり、不法行為を成立せしめるものである。

被告らは、本件業務命令は自動車部の指示に基づき発したものであから、被告らには責任がない旨主張するが、自動車部の指示の有無が被告らの不法行為責任に消長をきたすものではないことは明らかである。

四損害

被告らの本件不法行為によって原告のうけた精神的肉体的苦痛を慰謝するには、一〇万円をもって相当とするものと判断する。

五結論

よって、被告らは原告に対し各自(不真正連帯)一〇万円及びこれに対するいずれも訴状送達の日の翌日である被告竪山については昭和六一年三月一四日から、被告新野尾については同年二月二五日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めることができるから、原告の被告らに対する本件各請求は右の限度で正当として認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官下村浩藏 裁判官岸和田羊一 裁判官坂梨喬)

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